【いい結果は環境から】

この前、実家に帰って仕事をしていたら弟があることを教えてくれました。

勉強の時には、最適温度というものがあるらしくその温度が夏と冬では違うらしいのですが、弟からその両方の最適温度を教えて貰いました。

冬は18℃前後がベストな室温
夏においては25度前後が目安だそうです。

勉強を捗らせるためには足もとはよく温める必要があるそうなのですが、

頭(上半身)は温め過ぎると逆効果になってしまうみたいです。頭は温めすぎると思考力が鈍くなりますし、眠気なども生じてきます。

逆に適度に冷ますと、頭が活性化し思考力や集中力が鋭敏になっていくそうです。

これは、僕の経験からも冬場に暖房をきかけすぎると眠くなってくるみたいな事はよくありました。
ですが、過去の僕を知る人は分かると思いますが、全て「気合いだ!」と体育会系な事を言っていた僕は室温なんて全く気にした事もありませんでした。

それを弟から聞いたその日の夜から家で試してみたところ、めちゃめちゃ集中して、長時間仕事ができました。

今まで気にしてこなかった事や情報を受け入れられるようになり、それを実践できるやうになった事は僕にとっても成長かな?と感じました。

という事で「気合」も大事だが「環境」も大丈夫だなぁと思った今日この頃の僕でした。

そして、ここからが本題

過去の僕もそうですが、
よくいる体育会の厳しい環境でやってきたので、大丈夫です!

って人。

『何が大丈夫なのでしょうか?』

これは、自分も使って来た言葉なのですが、
今価値観が変わりつつもあり「何が大丈夫なのだろうか?」と思うようになりました。

厳しい環境に耐えうることは大丈夫かもしれない。
しかし、それは自分が選択したことではなく、誰かの監視下では大丈夫なだけであり、自らを追い込んで高めることに対しては大丈夫とは言えないと思います。

これは、自分が主体で何かをやった時に周りのできる人を見て自分の無能さに全然大丈夫では無いと気付かされました。管理される分にはこれでも良いと思います。

どんなに厳しい環境下でも逃げ出さない可能性は高くなる。
ただ、自身が目指している状態や周りから期待されていることは、誰かの監視の下でないと出せられない結果であるならそれは大丈夫とは言えないと僕は、思いました。

厳しい環境に慣れてしまうと、
自分で動くってなった際は必ずサボってしまう。
それは、自分ケツを叩いてくれる人がいなくなるから。

だから環境というのは自分軸で作っていく必要があるなと感じました。【誰かの厳しさに耐える】では、結局のところの成長はあまり期待できないなと思いました。

(自ら)やってきた
のか
(追い込まれて)やってきた

のでは、同じやってきたでも意味合いは全く異なります。
自分自身が今一度どのような環境下で「やってきた」なのか、それかいい環境に繋がると思いました。

f:id:fujimondining:20220907021953j:image

投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です